“アピールしないと仕事は生まれない(前編)”|クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第4回 イリヤ・クブシノブ 

“アピールしないと仕事は生まれない(前編)”|クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第4回 イリヤ・クブシノブ 

※本記事では前編と後編に分けてお送りします。

 

「クリエイターズ・サバイバル」第4回に登場していただくのは、イラストレーターのイリヤ・クブシノブさん。近年ではイラストの仕事だけでなく、アニメ制作にまで仕事の幅を広げている話題のクリエイターに、単身ロシアから日本に渡ってきて、いかにしてこの業界でサバイブしてきたかを伺った。

 

前編では、ロシア時代の話と絵を描くためのモチベーションの保ち方、そして、日本でイラストレーターとしてデビューするまでの話を中心に語っていただいた。

 

 

6歳の時に衝撃を受けた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』

―― ロシアで生まれたイリヤさんは、日本のアニメ、漫画、ゲームの影響を受けて育ったそうだが、それらの作品とはどういうきっかけで出会ったのだろうか。

 

「13歳の頃の話ですが、英訳されている日本のアニメのDVDやコミックスをたくさん持っている友人がいて、彼のコレクションを見せてもらいハマりました。日本のアニメや漫画は、他の国で作られているものと違って、物語やキャラクターの内面描写がとても深いものが多いので、何よりもまずそこに惹かれましたね。

 

もともとは6歳の時に『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を観て衝撃を受けてはいたんですが、当時はお店に行っても日本の漫画はほとんど売っていませんでしたし、アニメのDVDもない。ですからその友人と出会うまでは、たまにアニメ映画を観るくらいでした。

 

そのあと、2002年にモスクワに引っ越したのですが、その頃にはいろいろなアニメを観ていました。日本のアニメが好きなグループがあって、その人たちと一緒に週末にDVDを観るようなこともありました。同じように日本のゲームのストーリー性やキャラクターにも惹かれていきましたね」

▲時を経て、攻殻機動隊シリーズの最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』のキャラクターデザインを担当するまでに至った。2020年Netflixにて配信予定。

 

―― 6歳の時に観た『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、どういう衝撃をイリヤさんに与えたのだろうか。

 

「とにかく怖かった(笑)。6歳の時にあの難解なストーリーを理解できたとは思えませんので、ただただビジュアルにショックを受けたんです。

 

それまで知っていたアニメは、動物が喋ってコミカルな動きをするような子供っぽい作品ばかりでしたので、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』みたいな過激なアクションをアニメで観たこと自体に衝撃を受けたんだと思います。

 

そのせいか、そのあとに好きになったアニメや漫画も、『AKIRA』をはじめ、だいたい暗めのストーリーのサイバーパンクっぽい作品が多いですね(笑)」

イリヤ・クブシノブ画集 ETERNAL

▲2019年11月発売のイリヤ氏の画集第2弾。3年間で描かれた300点以上のアートワーク、イリヤ氏がキャラクターデザインを務めた『バースデー・ワンダーランド』、『攻殻機動隊 SAC_2045』も含まれている。

 

―― サイバーパンク系以外の作品では、『羊のうた』や『イエスタデイをうたって』など、冬目景さんの漫画からの影響もイリヤさんは公言されている。

 

「冬目さんの漫画と出会ったのは大学生の時でした。『羊のうた』のロシア語版が出ていたので興味を持ちました。当時ロシア語に翻訳されている日本の漫画はほとんど読んでいましたけど、『羊のうた』が一番ハマった作品ですね。

 

最初はストーリーに惹かれ、気がついたらキャラクターの虜になっていた感じです。虜というか、何人かの冬目キャラは“現実にいる自分の友達”のような存在(笑)。

 

大学時代、ちょっと精神的に落ち込んでいた時期があったのですが、『イエスタデイをうたって』のおかげで元気を取り戻すようなこともありました。だからあの作品のヒロインのハルちゃんは、いまでも私の精神的な友人なんですよ。彼女の存在に何度助けられたかわかりません。日本の漫画やアニメにはそういう力があるんですよね」

 

2015年に漫画が終わった時は、悲しくて自分でファンアートのような動画を作りました。

イリヤ_机

▲イリヤ氏の作業机。机には冬目景氏のサイン色紙が飾られている。

アカデミックな絵画ではない“自分の絵”を求めて

―― ところでイリヤさんの幼少期の夢は小説家だったそうだ。それがどうしてビジュアル表現を指向するようになったのだろうか。

 

「5、6歳の頃に小説というか、短い物語をたくさん書いていました。でもそれを大人に見せても、なかなか読んでくれないんです。いま思えば、単に子供が書いた稚拙な小説なんか読みたくなかっただけかもしれませんが(笑)。大人は忙しいから『あとで読むね』というような感じで、なかなか時間をとってもらえませんでした。

 

でも、絵だったらパッと見られるし、『6歳でこれを描いたの? すごいね、イリヤ』ってみんなが褒めてくれた。その時、子供心に自分の表現したいものを一瞬で人に伝えられるのは、テキストではなくビジュアルの表現なんだと気づいたんです。ちなみに『見てもらえる』とか『褒められる』というのは、モチベーションを保つためにも自分の創作にとってはかなり重要な要素です」

 

―― イリヤさんは、日本でいう中学・高校時代は美術を専門的に学び、大学時代は建築を専攻したという。そしてそののちゲーム会社に就職。その間、どういうかたちで絵の修練をしていたのだろうか。

 

「ロシアには美術を専門で教える学校がいくつかあるのですが、私もその種の学校で11歳から専門的に学びました。おっしゃるように日本で言う中学・高校にあたる時期ですが、授業の半分くらいは美術関係のものでした。水彩画の授業などもありましたが、基本的には毎日デッサンの特訓です。

 

たしかに何年もそれを集中してやれば、目の前にある静物や石膏像などをリアルに描く技術は身につきますが、その手のアカデミックな絵画表現は私にとってあまり楽しいものではありませんでした。大学では建築を学びましたが、そこでも、自分のやるべきことはこれじゃないなと思いながら学校に通っていました。

 

それと、21歳の頃でしたが、ふと、目の前に物がないと自分は絵が描けないんじゃないかということに不安をおぼえたんですよ。そうではない、頭の中にあるビジュアルを、つまり “自分の絵”を描きたいと思うようになり、ぽつぽつとイラストの習作などをはじめました。書店でイラストの技法書を買ってきて研究したり、頭のなかでいろんなキャラのポーズを想像したり。好きな日本の漫画家やアニメーターの絵の模写もかなりしましたね。

 

そういういくつかの要因が重なって、自分がやりたいことをやるために、まずは建築の会社ではなくゲームの会社に就職し、そのあとモーションコミックを制作している会社に転職したんです。ただ、学校で学んだことは無駄だったわけではなくて、デッサンはもちろん、建築の授業で学んだパースの勉強はいまでも充分役に立っています

将来はアニメの監督になりたい

―― そののち、イリヤさんは意を決してロシアから日本に渡ってくる。日本在住のロシア人の知人から、ある日本語学校のことを聞き、まずはそこに入学することから始めたそうだ。それにしても、コネもツテもない状態で、かなり思い切った行動だったと思うが。

 

「我ながらものすごい行動力だったと思いますが(笑)、日本語学校を卒業したあとどうするかは何も決めていませんでした。2年制の学校でしたが、もちろんこのまま何もなく卒業したらどうなるんだろうという不安はありましたよ。

 

ただ、幸い少しは蓄えがありましたので、日本語学校を卒業した時にまだ何も仕事が決まっていなかったら、次はアニメの専門学校にまた2年くらい通おうかなと思っていました。そのためにも、まずは日本語をちゃんと勉強しようと。言葉は人と人をつなぐ重要なツールですからね。

 

いずれにしても、日本に来たのは、この国でアニメに関する仕事をしたいと思ってのことでした。モーションコミックの会社で働いていた時に、絵コンテを描く楽しさに目覚めたんです。それで、将来はアニメの監督になりたいと思い、だったら世界で一番優秀なアニメーターや監督が集まっている日本に行こうと思ったんです」

 

―― この行動力は誰でもマネできるものではないと思うが、そんなイリヤさんは、以前から個人的な創作活動として、SNSでイラストを毎日発表し続けている。これが、やがてさまざまな仕事につながっていった。

 

「2012年頃からInstagramやFacebook、Twitterのアカウントでイラストを発表するようになりました。最初の頃は時々発表するだけだったんですけど、それでは誰も見てくれないと思い、2013年以降は毎日1枚必ずイラストをアップするようにしました。これは今でも続けています。

 

SNSで発表しているイラストは個人的な作品であると同時に、売り込みの意味もありました。出版社やアニメ会社にコネがない自分としては、それが何かの仕事につながればいいと思っていましたし、結果的にSNSを見てくれた編集者が声をかけてくれて、画集『MOMENTARY』(パイ インターナショナル/2016年)の刊行にもつながっていったんです」

▲SNSに投稿され続けている作品のひとつ。

 

―― そしてこの画集刊行をきっかけに、イリヤさんは夢だった日本のアニメの現場に足を踏み入れていくわけだが、そのあたりのエピソードについては次回の後編でお聞きすることにしよう。また、同じく後編では、海外での活動を視野に入れたクリエイター向けのパトロンサービスの関わり方や、目の前にきたチャンスを逃さないための心がけなどについても伺っていく。

 

(聞き手・取材:島田一志 / 編集:いちあっぷ編集部)