“アピールしないと仕事は生まれない(前編)”|クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第4回 イリヤ・クブシノブ
2019.10.25
2019.10.29
※本記事では前編と後編に分けてお送りします。
人気のイラストレーター、イリヤ・クブシノブさんに登場していただいている「クリエイターズ・サバイバル」第4回。後編では、「人と人のつながり」をテーマに、アニメ制作、クリエイター向けパトロンサービス、そして、好きな絵を描き続けて出版や広告、アニメの世界でサバイブしていく意志の強さについて語っていただいた。
“アピールしないと仕事は生まれない(前編)”|クリエイターズ・サバイバル アーティストの戦略教科書 第4回 イリヤ・クブシノブ
2019.10.25
―― 画集『MOMENTARY』の刊行をきっかけに、イリヤさんはアニメ映画『バースデー・ワンダーランド』のキャラクターデザインの仕事をつかんだ。そしてさらには、6歳の時に衝撃を受けた『攻殻機動隊』の最新作、『攻殻機動隊SAC_2045』(Netflixにて2020年全世界配信予定)のキャラクターデザインまで務めることになる。それ以外にもまだ公表出来ないアニメの企画が水面下でいくつか進行中のようだ。
そんなイリヤさんのここ数年の仕事の進め方を見ていると、日ごろの修練や実力だけでなく、自分をアピールするための努力と、“運”や“チャンス”を逃さない意志の重要さをあらためて感じる。
「『バースデー・ワンダーランド』の仕事は、『MOMENTARY』を見てくれた原恵一監督から直接声をかけてもらったんです。画集を出していただいた時もそうでしたけど、たしかに、ここでも“運”の力が大きく働いていますよね。
それと同時に、そこに至るまでに、日本語をゼロから勉強し、イラストをこつこつ毎日発表してきたという“アピール”は自分の意志でやってきたことなわけで。その地道な努力が“運”や“チャンス”を呼び寄せてくれたようなものですよね。
だから当たり前のことかもしれませんけど、何もやらなければ何も起こらないということです。いまこの『クリエイターズ・サバイバル』を読んでくださっている若いクリエイター志望の人たちにも、これだけは伝えたいと思いますね」
▲イリヤ氏がキャラクターデザイン/ビジュアルを務めた『バースデー・ワンダーランド』の映画予告
―― ちなみにアピールといえば、『バースデー・ワンダーランド』では当初、イリヤさんはキャラクターデザインの仕事だけを依頼されていた。しかし、原監督にキャラクターデザイン以外にもいろいろなことをやりたいと貪欲にアピールしたという。
「私はもともとそんなに積極的な性格じゃないと思うんですけど、アニメやイラストについては貪欲になるんです(笑)。おっしゃるように当初『バースデー・ワンダーランド』ではキャラクターデザインだけの依頼でした。
で、ある時、原監督に『街や建物、小物のデザインは誰に頼もうか?』って相談されたことがあったんです。『私も立候補してもいいですか?』と言って、何枚か絵を描いて原監督に見ていただきました。原監督は「いいね」とおっしゃってくれて、美術設定もやらせていただくことになりました。
監督としても、ひとりの人間が全部コントロールできるならそれにこしたことはないというわけで、キャラクターだけでなくビジュアル全体のデザインを務めさせていただくことになりました。
それと、『すべてのシーンの原画をチェックする役もやらせてもらえますか』とお願いしました。結果的に、ほとんどのキャラの絵に修正を加えさせてもらいました。監督は、『そんなに全部やって大丈夫なの?』って心配していましたが、『そのかわりアニメの作り方を1から教えてください!』って(笑)。
それで、打ち合わせから撮影、アフレコまで、アニメ制作のすべての作業に立ち合わせていただきました。なので、原監督は私のアニメの師匠なんですよ。
やっぱり、この種の仕事をするうえでは、『訊いてみる』『言ってみる』ということがいちばん重要かもしれませんね。あの時、何もアピールしていなければ、きっとキャラクターのデザインをするだけで、そこから先のアニメの『現場』を知ることはありませんでしたから。言ったり訊いたりするのはタダだし(笑)、新人のうちは断られて当然くらいの気持ちでいたほうがいいんじゃないでしょうか」
―― この、来たチャンスは逃さないし、そのチャンスに備えて日々努力しているイリヤさんの姿勢は、若いクリエイター志望者は見習ったほうがいいだろう。
「好きなことですからね。チャンスは逃したくないし、その結果、いい仕事をいただけたならそこで常に100%以上の力を出したいと思っています。私に何かを求めている人たちの期待を裏切りたくないと。
また、『バースデー・ワンダーランド』を作っていた頃は実際かなり忙しかったんですけど、それでも家に帰ってからSNSで発表するためのイラストを欠かさず描いていました。これも『待っている人たちの期待を裏切りたくない』という気持ちの表われですね。そのうち、新規の広告の仕事や、新作の『攻殻機動隊』の仕事もご依頼いただけて、ひとつの仕事が次の仕事を生んでくれるというかたちになりました」
▲日本経済新聞で掲載された全面広告
―― イリヤさんの発言の繰り返しになるが、たしかに「言ってみる」「訊いてみる」というのは、若いクリエイターにとって、いちばん大事なことかもしれない。
「極論かもしれませんけど、自分で言わないと何も始まらない、とさえ言い切っていいかもしれません。
私は日本に来た時からずっと『アニメの監督になりたい』と言い続けてきました。最初は誰もそんなことは無理だと思っていたかもしれませんけど、実際にアニメの仕事に就くことができて、夢に近づいていると思います。
誤解してほしくないのは、私は何も自分が特別な存在だと言いたいわけじゃないんです。むしろこんな普通の私ですら、ここまで来られたわけですから、何かをしたいと考えている人は、それをまわりの人たちに公言してみるのもひとつの手かもしれません、ということを言いたいだけなんです」
―― ところで監督をしたいという夢の根底には、幼少期に小説家になりたかったという想いは関係しているのだろうか。
「なくはないと思います。アニメだけでなく、1枚のイラストを描く時もそうですけど、私は常に“自分の物語”を表現したいんです。
それと監督志望の一因として、絵コンテを描くこと自体が好きだというのもあります。絵コンテを描いて、どのアングルがいいかとか、どのシーンをカットするかを考えるのが本当に楽しい(笑)。私はその楽しさにロシアでモーションコミックを作っていた頃に目覚めました。
いずれにしても、アニメの監督だったら、絵コンテも描けるし、イラストの仕事で培った技術も活かせるし、子供の頃からの『物語を書きたい』という夢も叶えられるしで、自分としては一石二鳥でも三鳥でもあるんですよ」
▲現在はアニメ制作に注力されている
―― 話はがらりと変わるが、昨今、クリエイター向けのパトロンサービスやイラストの投稿サイトなど、いろいろな作品を発表する場が充実している中で、海外のクリエイター志望者はそれらをどういうふうに活用しているのか、イリヤさんの見解をきいてみた。
「これはあくまでも私の印象ですが、海外では、いわゆるパトロンサービスをフルタイムの仕事として考えている人は少ないように思えます。あくまでも、そこから何か別の仕事につながればいいというふうに考えている人が多いんじゃないかなと。もっとも一部の人はそれだけで生活が成り立っているのかもしれませんが、ほとんどの人は他に仕事があって、ひと月にその手のサービスで100ドルくらい稼げればいい、という感覚なんじゃないでしょうか。
また、これは私が毎日SNSで絵をアップしているのと同じことですけど――無論こちらに利益はありませんが――1枚や2枚ネットでイラストを発表しているだけでは誰も注目してくれません。いかにクオリティの高い作品を数多く、早いスピードで発表し続けていくことができるかが勝負なんだと思いますね。
日本ではpixivが有名ですけど、アメリカで仕事をしたいと思っている人はArtStationで作品を発表するのもひとつの手ですね。多くの業界人が見ているので、何かの仕事につながることもあるかもしれません」
▲海外のパトロンサービス『PATREON』
―― イリヤさんのように日本で仕事をしたいと思っている海外のクリエイターや、逆に海外に出ていきたいと思っている日本の若いクリエイターたちにアドバイスはあるだろうか。
「日本でアニメやイラストの仕事をしたいという海外の人はたくさんいると思いますが、本気で考えているのなら私のように一度、短期間でもいいので日本に住んでみるのがいいかもしれません。絵を発表するところまではネット上の各種サービスでできますけど、そこから先の仕事をするうえでは、人と人の付き合いが重要になってきますから。
アニメ制作はもちろんですけど、出版や広告の仕事も結局のところチームワークですからね。個人で成り立つ仕事なんかひとつもないし、人と会って話さないといいものはできません。
逆に日本の人で、たとえばハリウッドで映画の仕事をしたいとか、アメコミやバンドデシネを描きたいというような人もいると思いますけど、それも同じことで、漠然と夢に描いているだけじゃなくて、一度自分にとっての憧れの国に行ってみて、そこで暮らしている人たちを実際に知るのが近道だと思いますね」
▲イリヤ氏のデジタル制作環境
―― それでは最後に、イリヤさんの常に「上」を目指すモチベーションや行動力はどこから来ているのか、あらためて訊いてみた。
「私は裕福な家で育ったわけではなかったので、子供の頃から自分で動かないと何も始まらないというのはわかっていたんです。先ほど言ったことの繰り返しになりますが、何もしなければ何も起こりません。だから自然といつも『上』を目指すようになりました。
私は子供の頃に絵を描く喜びに目覚めて、美術の学校に通わせてもらい、ゲーム会社やモーションコミックの会社に就職しました。そして今は日本という憧れの国にやってきて、そこでアニメやイラストの仕事をさせていただいています。
これは、自分なりにがんばって、ひとつずつ人生の階段を『上』にのぼっていった結果だと思っています。
そしていつも、まわりの人たちが私に力を与えてくれた。だからこれからも、一瞬一瞬の時間を大事にし、出会った人たちに感謝しながら、自分の世界や自分の物語を描き続けていけたらなと思っています」
【告知】イリヤ・クブシノブ氏の個展『ViViD』
期間:2019年11月15日(金)~12月1日(日)
場所:アーツ千代田 3331メインギャラリー(東京都千代田区外神田6丁目11-14)
(聞き手・取材:島田一志 / 編集:いちあっぷ編集部)