「装画」とは本の表紙のためのイラスト(装丁画、ブックカバーイラスト)のことです。
イラストレーターの仕事として本の装丁を担当するのは憧れのひとつ。ですが、装画がどのような工程を経て作られているかは、あまり知る機会がないですよね。
そこで、イラストレーターとして活躍中の宮崎ひかりさんが初めて装画のお仕事を手がけたときのレポートをご紹介します。
今回紹介するレポートは装画のお仕事の一例です。
内容は案件によって大きく異なり、必ずしもこのように進むわけではないことを理解した上で、参考としてご覧ください。
1.ご依頼
今回は出版社の方からメールでお仕事のご依頼をいただきました。
著者、本のタイトル、簡単なあらすじなどを説明していただき、スケジュールやギャランティーのご相談を経て制作に入ります。
2.打ち合わせ
デザイナーさんと「どんなイラストにするか?」という打ち合わせをします。
今作では小説のタイトルにもなっている『テンペスタ』という実在の西洋絵画と同じ構図にしつつ、ふたりのメインキャラクターと物語の舞台となる東京の建物を描いて欲しい……というご指定でした。
こうした打ち合わせは直接お会いして行う場合もありますが、地方在住の私は終始メールと電話で行わせていただきました。
3.ゲラ読み
「ゲラ」とは本になる前の原稿(ゲラ刷り)のこと。
紙束の状態で郵送していただき、読み込みます。
広告やパッケージイラストなどと違い、書籍の装画では「まず本文を読み、物語を自分なりに解釈し、絵として表現する」という流れになります。
事前に先方様からその小説の見所・表紙でアピールしたいポイントを説明されてから読み込むので、現代国語の読解問題を解くような感覚があるかもしれません。
4.アイデアスケッチ
いただいたオーダーに対して簡単に「こんな方向でしょうか?」という返しをします。
あまり時間をかけずPhotoshopでざっくりと描いています。
メインキャラふたりが共同生活している部屋の窓から、コンクリートのビル街が見えている図
……でしたが、
これに対するフィードバックは
- 室内よりも、緑いっぱいの屋外で広がりのある世界観を出したい
- 遠景は東京の名所をコラージュして遊ぶなど、どこかファンタジックな印象に
- 人物の服装も、ちょっとおしゃれめを意識して
- 内容に忠実にしすぎるより、店頭で手に取ってもらえるよう華やかに描いていただきたい!
とのことでした。
5.ラフスケッチ
アイデアスケッチの段階で先方様と私のイメージにかなり差があることがわかったので方向性を大幅に修正。
今回は背景までしっかり描き込むことを前提としていたのでラフに入る前にアイデアスケッチでイメージの擦り合わせをしていてよかったと思います。
(ビル街のイメージで描き始めていたら時間と労力をかなりロスしていたことでしょう……)
ラフの段階でどれくらい描き込むかは人によって違いますが「ここにこういうものを描きます」というのが伝わるように心がけます。
6.フィードバック
著者さん、編集さん、デザイナーさんからのご意見を踏まえてキャラクターの造形や配置のバランス、随所にちりばめたモチーフなど細かいところに具体的な指示が入ります。
こうしたディレクションがどれくらい細かいかは案件によって違いますが先方様の目指すイメージをつかむ為に何度もやり取りを重ねます。
7.下絵
ラフをさらに修正し、ブラッシュアップ。
本の内容に引きずられすぎず、「この本を買いたい」と思わせる魅力的な絵に仕上げることが大事。
8.線画
下絵をプリントアウトし、ケント紙へトレースダウンします。
画材はHBと4Bのシャーペン。
人物、近景、遠景……とそれぞれを別紙に描き(アナログでレイヤー分けをするかんじです)あとでスキャンしてPhotoshopで合成します。
9.彩色
Photoshopで合成した線画に色を付けます。
陰影はシャーペンで描き込んでいるのであまり細かい塗り込みはしません。
10.修正
先方様のご指示を仰ぎつつ、細部を修正していきます。
この修正作業も細部までしっかり指示が入る場合もあれば「イラストレーターさんの感性を信頼します」とそのままOKになる場合もあり、様々。
『テンペスタ』は登場人物のキャラクター性を大事にされていたので、特に人物には細やかな指示が入りました。
最終的には、複数作った差分からよいと思われるものをデザイナーさんに選んでいただくという形になりました。
11.納品
修正したイラストデータを納品したら、ひとまずお仕事終了です。
この後、デザイナーさんが小説タイトルや著者名を入れ、ブックカバーに仕上げてくださいます。
イラストレーターさんによっては色校(データで指定した色彩が忠実に印刷されているかを確認する工程)を見て色の微調整をしたりもしますが、納品後は先方様におまかせという方も多いようです。
12.発売
イラストを使用したブックカバーを巻かれた本が、店頭に並びます。
こうして「絵」が本という「立体物」になると、描いた本人にもまるで違ったふうに見えるので感動もひとしお。
(カバーの下や帯の裏側まで「なるほど、こんなふうに使ってくださるのか」といろんな発見があったり)
特にこの本では、自分でもびっくりするくらい鮮やかで綺麗な仕上がりにしていただけて本当に嬉しかったです。
一冊の本を生むまでには、本当にたくさんの方が丁寧なお仕事を重ねていらっしゃいます!
本のご紹介
テンペスタ~天然がぶり寄り娘と正義の七日間~
深水黎一郎 (著) 幻冬舎
東京の大学で美術の非常勤講師を務める賢一。30代も半ばを過ぎているのだが、結婚の予定もなく、ギリギリの収入の中、一人ほそぼそと生活を送っていた。そんなある日、田舎に住む弟から一人娘を一週間預かって欲しいと連絡がくる。しぶしぶ引き受けることになった賢一を駅で待っていたのは、小学四年生の美少女・ミドリ。しょっぱなから毒舌全開、得体の知れないミドリに圧倒されながら、賢一とミドリの一週間の共同生活が幕を開ける…。
宮崎ひかりさんによる、発注から納品までのお仕事の流れも見られる装画のメイキング、いかがでしたか?憧れの小説の表紙のお仕事には「たくさんの人に手に取ってもらう」ための試行錯誤が隠されていたんですね。どんな本も、装画をよく見てみると、面白い発見があるかもしれません。こちらの本もお店で見かけたら、是非手にとってじっくり見てみてください。
宮崎ひかり プロフィール
イラストレーター。『テンペスタ 天然がぶり寄り娘と正義の七日間』(著:深水黎一郎 / 刊:幻冬舎)、『レジまでの推理 本屋さんの名探偵』(著:似鳥鶏 / 刊:光文社)の装画担当。第3回東京装画賞では東洋インキ賞を受賞。
見た人が一瞬「?」となるような遊び心のある世界を心がけて絵を描いています。 1988年生まれ、兵庫在住。 お仕事随時募集しております。
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