『KIN』がバイオパンクである理由。そしてなぜアートブックを選んだのか。

『KIN』がバイオパンクである理由。そしてなぜアートブックを選んだのか。

KINは、東京を拠点とする国際的なクリエイターチーム「ジャングルクロウ・スタジオ」が3000時間以上をかけて創り出したオリジナルSF作品です。その成り立ちを数回のメイキング連載に渡ってお届けします。

 

▼目次
クリエイターの自由な作品制作を可能にする仕組み
「コンテンツの時代」に向けて、新しい世界を創造するために
 サイバーパンクからバイオパンクへ

 


『KIN―マイコシーン』の菌に支配された世界

クリエイターの自由な創作を可能にする仕組み

はじめまして!ジャングルクロウ・スタジオのクリエイティブ・ディレクター、アントワーヌです。

 

2014年以来、ずっと日本のエンターテインメントに関ってきました。デザインやアートディレクション、またはプロジェクトマネジメントなどを経験し、世界中の才能のあるクリエイターと共に様々な作品を手掛けてきました。

 

人は誰もが物語を深く愛しています。物語は人々の人生観を形作り、想像をかきたて、見知らぬ世界へと夢をふくらませます。

 

エンターテイメントを創りだそうというクリエイターにとっては、この物語への想いこそが創造の原点です。しかし多くのクリエイターにとって、自分自身の物語を描くチャンスは簡単には得られません。

 

ビジネスとして、他のクリエイターの、他の誰かの物語のために時間とスキルと才能を注ぎ込む日々。それでもクリエイターである限り、いつの日か自分で自分の物語を作りたいという夢を忘れることはないでしょう。


そしてその願いをかなえるべく、2018年末、ジャングルクロウ・スタジオを立ち上げました。スタジオの目的は「クリエイターによる自由なものづくりが可能になる仕組み」を実現することです。

 

ジャングルクロウ・スタジオの活動は、日本のアートスタジオであるMUGENUPの多大なサポートによって支えられてきました。


自分たちの物語を作りたい。その想いを同じくするクリエイターたちが参加し、世界観、コンセプトアート、ストーリーなど、全くのゼロから物語を作り上げることができました。

チーム『KIN』の肖像 
▲チームKIN:高橋、アントワーヌ、マイコ、小林、クラウス、堀、ピエール

 

『KIN』は、このジャングルクロウ・スタジオという新しいチャレンジから生まれた最初のオリジナルユニバースです。


これまで、世界観の構築やコンセプトアートのデザイン、ストーリーの執筆や美麗なイラストの制作など、およそ2年半、3,000時間以上を費やしてきましたが、まだ完成ではありません。


『KIN』ユニバースの第一作目として、バイオパンクSFアートブックである『KIN―マイコシーン』を皆さんにお届けするまでには、翻訳やページレイアウトなど、やるべきことが残っています。その最後の一歩は、皆さんのご支援によって可能になると考えています。

 

この連載では、『KIN―マイコシーン』が生まれるまでのメイキングストーリーを皆様にお伝えしていく予定です。世界観、ストーリー構成、デザイン、キャラクターや様々な設定などから、彩色、画面構成、ペインティングなど『KIN―マイコシーン』を作り上げてきた舞台裏をご紹介します。

 

そして何よりも、この場を借りて"ありがとう "と感謝を言わせてください。新しいチャレンジにも関わらず、未知の世界へ共に足を踏み出してくれた日本とフランスのクリエイターチームに感謝をささげます。

 

そして、これから私たちと一緒にこの冒険に参加してくれる皆さんにも心からの感謝を送ります。

 

「コンテンツの時代」に向けて、新しい世界を創造するために

気心の知れたクリエイター仲間がいて、少ない予算で、しかも締め切りがないとしたら、あなたは何を作るのでしょうか。


およそ4万5千年もの昔、洞窟を壁画で飾るようになって以来、物語と絵は人類にとって欠かせないものであり、文化の中心を占めてきました。それから数千年もの時を経た今、物語の重要性はますます高まり、私たちはまさに物語に飢えていると言えるでしょう。現代では映画やゲーム、コミックなど、様々な媒体で物語が描かれています。

 

新しいテクノロジーのおかげで、インターネット環境とそれにつながるデバイスさえあれば、誰でも想像を膨らませて物語を生み出し、それを共有することができるようになりました。

 

急激に高まるNFT(※NFT(Non-Fungible Token)とは非代替性トークンの意味で、唯一無二のデジタルデータのこと。)の熱狂を見ると、「ついにデジタルコンテンツがアートとして認められた」と言えるかもしれません。それがただの投機なのか、それとも狂騒なのか。またはマイニングによる膨大な電力消費という環境への悪影響を看過できるのか。

 

懸念は多々ありますが、それはさておき、デジタルアートに注目が集まること自体は歓迎すべきことです。SFアート作品が『タイム』誌など権威ある媒体で取り上げられるのを見ると、SFファンとして誇らしく思う人もいるでしょう。

 

 
▲ビープルの作品が表紙を飾る『タイム』誌

 

100年前、写真が芸術として認められたのと同じように、1980年代以降に生まれたデジタルアートがようやく芸術表現の手段として認知され始めたのです。

 

私たちには、ペンタブレットやコンピューターというツールを手にしています。ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の天井画を完成させるのに、およそ4年という時間を要しました。

 

しかし私たちは、彼に比べてほんの少しの時間とスキルだけで、新たなアートを描くことができるのです。(もちろんできないかもしれません)しかし今日のデジタルアートは、それを芸術作品として鑑賞し、吟味し、賞味するには早すぎます。

 

インターネットの世界では膨大な作品が次々と発表され、SNSのタイムランの上をあっというまに流れ、消え去ってしまいます。それは決して見逃せない問題です。

 

一方で、本という媒体にはおよそ500年の歴史があります。本は印刷するのも流通するのも時間がかかり、インターネットに比べれば何もかも時間がかかります。

 

しかし本は、世の中に知識や物語を広め、心や想像力を育み、国家の行く末さえ左右する素晴らしい装置として働いてきました。例えば『指輪物語』や『デューン/砂の惑星』のように、今日のファンタジーやSFの礎となった作品もあります。

 

 
▲『デューン/砂の惑星』上巻

 

マーベル・シネマティック・ユニバースは、マーベル・コミックをベースに、デジタルペインティング、写真、3D、映画など数多くのアート作品によって、非常に成功したメディア・フランチャイズの成功例です。この30年の間、数はあまり多くないものの、クリエイターの個性あふれる創造的なアートブックも登場しています。

 

ジェームズ・ガーニーは、『ダイノトピア』シリーズ(1992年~)においてニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに載りました。ストーリー性のあるアートブックが大ヒットすることを初めて証明したアーティストです。

 

 
▲『ダイノトピア』

 

その幻想的なイラストは、90年代半ばに恐竜ファンとして育った私を魅了しました。最近では、シモン・ストーレンハーグの『ザ・ループ』シリーズ(2014年~)が、アートブック制作のデジタル化をもたらしました。

 

本作はアートブックとして発表されて話題を呼び、そこから卓上ロールプレイングゲーム化され、さらにはテレビシリーズとして放送されました。そして長編映画も公開予定です。これは移り変わりが激しく、競合ひしめくエンターテインメント業界において、アートブックという媒体が持つ可能性を示しています。

 

 
▲『ザ・ループ』

 

コミックの制作は、ビデオゲームや映画に比べてコストがかからず、費用対効果に優れていますが、出版スケジュールの都合上、ストーリーテリングや世界観の構築が断片的になりがちです。

 

一方、アートブックは完成してから発表されるため、作者が十分な時間をかけて自分の世界を描き出すことができます。密度の高い物語をつくり、緻密な絵を描く時間が許されているのです。実際、ジェームズ・ガーニーは『ダイノトピア』シリーズの第1巻を完成させるのに2年をかけました。さらに加えて、オリジナルのアートブックには、前作が存在しないという何物にも代えがたいメリットがあります。

 

シリーズでもなく、まったくのゼロからの作品。それは私たちのように創造の自由を最大限に求めているクリエイターにとって理想的状態です。だってそこは白紙なのですから!

 

これこそが、私たちジャングルクロウ・スタジオが物語を描く媒体にアートブックを選んだ理由です。

 

広大で、独創的で、説得力のある世界を描きたい。そこに物語という命を吹き込んで、皆さんに伝えたい。しかし、私たちの少ない予算では、ゲームはもちろん、映画を作ることもできません。限られた時間と予算のなかで、魅力的で複雑な世界を作り上げるには、アートブックこそが最もふさわしいと考えました。

 

そして今ここに、私たちの想いを込めた物語をまとめ、長く形として残る本として、皆さんにお届けできることとなりました。

 

そのためにこのプロジェクトで重要だったのが、どういう世界を構築するべきかというクリエイターとしての理念でした。

 

KIN ―マイコシーンの表紙 
▲『KIN―マイコシーン』の表紙


 サイバーパンクからバイオパンクへ

ここまでお読みになった方は、もうお気づきだと思います。ジャングルクロウ・スタジオのメンバーは、ファンタジーやSFの大ファンです。
ファンタジーやSFといったジャンルは、デジタルコンセプトアートやイラストレーションが最も想像力や可能性を発揮できる世界であり、サイバーパンクもその一つです。

 

『ブレードランナー』や『AKIRA』、『攻殻機動隊』などを見て育った私たちは、新しい映画やゲームを待ち望みながら、作品の中で描かれていた空を飛ぶ車「スピナー」や、金田が乗っていたバイク、そして電脳世界が実現した未来を夢見てきました。

 

 
▲『ブレードランナー』

 

世界に名高い大企業と革新的なテクノロジーを背景にした1980年代の日本は、サイバーパンクを好むクリエイターにとって、今でも大きな影響力を持っています。東京に本拠地を置く私たちが、最初のプロジェクトにこのサイバーパンクというジャンルを選ぶのは、ごく自然な選択だったかもしれません。

 

私たちは、様々なアルゴリズムがネットの世界を飛び交い、巨大なテクノロジー企業によって構築された、これまでのどの時代よりもずっと裕福な世界に住んでいます。しかし、繁栄の裏側では動物の個体数は1970年から70%近くも減少(※1)しました。

 

一方、マンモスを現代に蘇らせようと、真剣に取り組む研究者もいます(※2)。大友克洋氏による2020年の東京オリンピックの姿に限らず、かつてフィクションで描かれたディストピアの世界が、2021年、現実になりつつあると感じませんか。子供のころに楽しんだ物語が、今の私たちの世界観を形作っているとしたらどうでしょう。私たちは、1980年代のイマジネーションの延長線の先に生きているのかもしれません。

 

もしそうならば、自分たちのあるべき未来を見据えて物語を描くことは、とても意義のあることではないでしょうか。

 

バーホーベン監督『ロボコップ』の主人公や押井守監督の『攻殻機動隊』の草薙素子といったサイボーグたちは、私が20代の頃にトランスヒューマニズム(新しい科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという思想)を模索するきっかけとなったキャラクターです。

 

 
▲バーホーベン監督の『ロボコップ』

 

不死のような寿命、神のごとき知性、究極の幸福など、人類が人という種の枠を超越していく概念は魅力的で、同時に気の遠くなるような倫理的問題を提起しています。

 

そして私は、ニック・ボストロムの『実存的リスク』(※3)という概念を知り、マイケル・J・サンデルの『The Case Against Perfection』(※4)を読みました。

 

ボストロムとサンデルは、加速的に進化するテクノロジーによって、かつてないほど重大なチャンスとリスクが同時にもたらされると説いています。ボストロムは、「現人類の絶滅や、地球の全ての知的生命体を滅ぼしかねない脅威」に焦点を当てています。

 

 
▲ニック・ボストロムの『スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運』

 

一方、サンデルは「テクノロジーは人間の能力を高め、子供をデザインし、自然を補うことができる」と分析しています。彼にとって遺伝子工学から生まれるものは、「人間こそが自然の支配者であり世界を統べるのだ、という究極の決意表明」なのです。

 

テクノロジーが自然を破壊し、全ての生命に害をなす可能性があることを、私たちは知っています。これからのあるべき未来を思い、その未来につながる作品を描こうとすれば、これまでのように人間社会を中心としたサイバーパンクのモチーフを掘り下げ続けることはできません。私たちは、地球上の生命全てを含む別のパラダイム、すなわちバイオパンクを必要としているのです。

 

幸いなことに、ポール・ディ・フィリッポの『ライボファンク:宣言集』、パオロ・バチガルピの『ねじまき少女』、マーガレット・アトウッドの『MaddAddam』三部作などの先駆者がいます。

 

また、フランスの作家アラン・ダマシオは、コンピューターテクノロジーから思考を深めるのではなく、発想の基盤を、生命そのもの、生きた細胞にシフトすることを提唱しています。私たちジャングルクロウ・スタジオは、新しい未来のためにバイオパンクが必要だと考えています。バイオパンクを舞台とした絵や物語が求められているのです。

 

私たちが知る限り、宇宙でたったひとつの生命にあふれる惑星、地球。この星のあるべき未来についてビジョンを描くためには、バイオパンクという世界が必要なのです。

 

その一つが『KIN―マイコシーン』であることを願ってやみません。

 

プロジェクトを確認する


(※1) Living Planet Report 2020, WWF 

(※2) Woolly Mammoth Revival, revive&restore

(※3) Existential Risks, Nick Bostrom 

(※4) The Case Against Perfection, Michael J. Sandel